『鉛のバラ』丸山健二 新潮社2,100円(税込)

エラ・フィッツジェラルドの「サマー・タイム」を聞きながら執筆した。

「僕はね、小説を書くのに苦労したことないんですよ」


苦労しないってことは新しい挑戦をしないからじゃないでしょうか?


三浦しをん氏のお勧めがあったので読みました。
記憶にないので丸山健二氏の一作目です、きっと。そして、図書館で装丁観てビビりました!なんで高倉健氏?何故か「違います!」って叫びそうになりました。
映画化することが前提で執筆されたとか?まあ、作品を読むだけ読みました。
ちなみに写真のギャラはないそうです。それなら本の値段を下げで貰いたいものです。

軽く、薄く、低く、柔らかくなるばかりの文学界はむろんのこと、
やはり同様の理由で衰退の坂道を転がり落ちてゆく
映画界への警鐘と刺激の意味も込めて……。


なんて書いてあります。
丸山氏の文学がどこを指しているのか不明なまま。


読みました。読みましたよ、逃避しつつも。

作品の語彙が多いのは結構ですが、「落ちぶれた表現の様子」ばかりに凝っていてあまり「熱」や「スピード」等は殆ど伝わってきません。ましてや、迫力も絶望も。
ドストエフスキー位の迫力は有り得ないにしても、ちょっとは苦労して無力感を出してみてほしい、映像なら「健さん」が立つだけで充分かもしれないが、読者は文章からしか映像を想像出来ないのですから。


高倉健氏を使い切れてない、というわりに用意した舞台は仁侠もの。
Vシネってやつですか?
しかも登場する主要女性は人格がない。
禁じ手じゃないですか?の手かざしする「巫女」が娘で主人公を庇って墜落死した女性が内縁の妻。主人公には一言も語りません。
うわあ…。『掟:女性は喋っちゃダメですよう〜仁侠では!』ですな。
微笑むだけ。



今時…、いや、イマドキをしたくないんですよね、作者は。だからって過去に流行り尽くした設定なら良いのでしょうか?
苦労して下さい。
挑戦して下さい。
これなら高倉健氏は通常の映画に主演したほうがずっとマシな伝説を残せるのでは?



ショーン・コネリーみたいに女性にキャーキャー言われる年配男性よりも、男性に好まれる仁侠俳優の方が日本では良いのでしょうか?(そういえば、作品の中でも脇役に男色あり)



ヘン。
哀川翔の時も分かりませんでしたが、これもやっぱわからんちん。
私の中で漢だあ!っていうのが本田宗一郎吉田茂なんですが、このお二人みたいに女性にも男性にも慕われるっていうのとかなり違うみたいですねえ。


連休日最後にこんなん読んでしまった。
あー、早く、舞城新刊読んで愛に包まれたいですよ。