『天城一の密室犯罪学教程』天城一/著 日下三蔵/編 日本評論社

これは本当のテキストです。
本格好きな方で論理ゲームを愉しめる方の前にだけ開かれる本でしょう。
好奇心しかない人でも大丈夫。好奇心は全ての知識を上回る原動力です。


またスケールのでかい新人が出てきたものだと著者紹介をみると、天城一氏は1919年生まれ。
ベルサイユ条約の年ですね…と一瞬計算機能が停止してしまい反射で反応してしまいました。
2004年現在85歳の最強新人であらせられます。しかも大阪教育大学名誉教授。ええ、ここ数年、理系の助教授以上の方に弱いので、どんなに難解でも、厚くても、読み切る覚悟で頁をめくりました。


順番から読んでいくと、もう切れ味鋭すぎて、いつどこが切られたか、痛みがないままなのです。
普段、ブーブーと「ウッスイー本が多過ぎなんだよっ」と発言してますが、まさに対極に位置する本です。濃縮・圧縮されすぎて、無駄がなくて…。
久しぶりに精読を迫られました。
2回頁をめくったら終わっていた短編が当り前のようにあって、読んでいくうちに印象を拾って像を結んでいくのが普通の小説だったので、てっきりオムニバスだと思ってたのです。(うかつな上に失礼な態度に出ておりました、わたくし)
数回読み返した短編も幾つかあります。その5頁の中に全てのトリックも背景もドラマも包括されています。



流石、旧制高校時代にマルクス主義的方法による<探偵小説の過去と未来>を寄稿したりポーの探偵小説をニュートン主義の宣伝文として、啓蒙主義の一形式と考えている方は違います。(すみません、さっぱり分からないので『文学部唯野教授』時間があれば読み返してみます)


密室を9つのカテゴリに分け、実践と理論を披露して下さっているのですが…徹底的で非の打ちどころがない格調高い文章にハハアと頭を垂れるばかりです。
終講では下記のように書かれています。

探偵小説が批判の模範であるならば、探偵小説の権威であり続けている乱歩のテーゼをいつまでも遵守しているようでは、批判の先頭に立つことができるでしょうか。テーゼが誤りであることを、この教程が立証しえたと信じますが。


著者は乱歩の弟子です。
弟子は師匠を超えるもの。
記号論理学を修めた著者や学問や研究の世界に生きている方には当然の在り方です。


無論、名探偵はしっかり登場してます。
御手洗氏と非常に良い関係を築けそうな摩耶正氏です。
一般読者には通俗味のある作品しか受けないことに落胆され、日本人には半世紀足ったけれどまだ受け入れられないと発言しておられるそうですが、少なくともこの本の発刊で本格ファンは「高天原の犯罪」を名作として記憶すると、私は信じています。


少なくとも榎木津やメルカトルは私の中で摩耶氏の登場により霞み始めました。
読んでいると中谷宇吉郎の名前が出てきてノスタルジイを感じます。
寺田寅彦と並んで、高校生の頃好きでしたが、鈴木清順の映画を好きな方にも好まれそうな天城氏のミステリです。